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贋作吾輩は猫である :: 2014/06/30(Mon)

内田百閒「贋作吾輩は猫である」福武文庫

本典読んだ事ないので今一つ面白さが分からない。
本典は「吾輩死亡!?」みたいなラストらしいんですが、その後吾輩が死んでなくて、本典のパラレルワールドのような世界で人間観察しつつのらりくらりと過ごしつつ本典へ収束していくのか?みたいな話。

内田百閒が人気作家だった時分だったら「この人の本読まなくちゃインテリじゃない」みたいに焦って読んで、面白くねえな、と思っても必死に「イヤァ、百閒先生の新作はまた素晴らしいね」とか取り繕ったと思うけど、正直私にはテンポが合わない……。ダメだ。
登場人物がいちいちおかしな調子っぱずれな人ばかりでイライラするんですが、それが「あり得ない」変人集団じゃなくて、「いるいる!!正に身近にこんな変人が!!」みたいな!!あまりにリアル過ぎて読みながら現実のイライラを思い出して更にムカつくという……!!!
その調子っぱずれな人達の会話がかみ合ってる時は面白いんですが、とにかく小説読んでるとは思えないくらい、読みながら頭が現実に戻るので非常に疲れる。


そしてこの文庫の解説者が余計な事を言う。
百閒と言えば「ノラや」で代表されるように、何匹も猫を飼って来た愛猫家のようなイメージがあるが、実際は猫を飼ったのは老境に入ってから、恐らく子のない夫婦の子供代わりであったのだろう、だから猫がいなくなった時「ノラや」のように大騒ぎする。私(解説者)は小動物の類を飼い慣れているのでああいったものが短命であるのは承知である、百閒がペットの短命さに悲しんで大騒動するのは人間の弱さだ(=動物の短命さに馴染めず耐えきれねえ百閒大したことねえな)、みたいな事を。
内田百閒氏が本当に子供代わりに猫を可愛いがりだしたのだとしても、勿論人間の如く何十年も生きるとは思ってないだろう、それでも可愛がってた猫が死んだら悲しいもんだと思うけど、それを「俺はその段階はとっくに超えたんだけどね。百閒はダメだねえ、嗚呼百閒はダメな人だねえ」みたいな……。
文筆業に生きる者として内田百閒を超えられないのが既に確実であるから内田百閒の仕事でなく人間を否定しようとしているんだろうな、みたいな……何だこの厨二解説……。
  1. | comment:0
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